私が、どうしてこれほど“葬儀社選び”にこだわったのか?
それは遡ること8年前、父が急逝した時の後悔にたどりつきます。ちょうど出張中だった私は父を看取ることもできず、すでに白装束を纏い棺桶に入っていた状態での再会となりました。私が不在の間に妻が手伝い、母が喪主となって葬儀の手配などをしていたようですが、やはり女二人で動転していたのでしょう、葬儀は満足のいくものではありませんでした。
傷のある祭壇や看板は使いまわしであろうことがはっきり見て取れ、スタッフは場外でタバコを吸いながらケータイの相手と笑い話、しかも葬儀費用は数百万もの請求…。父が見ていなければぶん殴っていたかもしれません。
昨年、母が入院し、まだ還暦を過ぎたばかりだというのにもう先が長くないことがわかると、しきりに私に頼んできました。
「お父さんの葬儀にはとても後悔している。お前はそんな気持ちを味うことがないように、早めに考えておいてほしい」
思えばずっと、母はその後悔を抱え続けていたのでしょう。母の気持ちを思うと涙があふれそうになりました。そして私は決意したのです。
「母が安心して逝けるように、真心のある葬儀を挙げてくれる葬儀社を選ぼう」と。

妻や子供たちとも話し合い、また母の希望も聞きながら、葬儀社を探し、選び、話を聞きました。そして分かったのは、葬儀社によってこれほどまでに違いがあるのかということ。葬儀に満足できなかった人が多いのも納得です。
努力の甲斐あって、母の葬儀は参列者の方たちもみな「いい葬儀だった」と言ってくれるものとなりました。母を亡くした悲しみは大きいものでしたが、安らかな往生でしたし、きっと本人は喜んでくれたことでしょう。
あなたのご家族や愛する人が亡くなってからでは遅いかもしれません。みんなが健康である内に、葬儀や葬儀社について、知っておきませんか。